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Twitter totoro663
○2023年3月分
3/1
ニュートンはそれまでの物理学をニュートン力学として大系づけ、ニュートン力学の会を作って、広めたのではなく、論文を書いて、ただ、発表しただけだ。 それが今では、世界中あちこちで、応用、活用されて、これなしでは世の中は回らなくなっている宇宙の法則だ。
心=光も同じで、心の科学的真理だから、笛や太鼓で宣伝して、広めなくても、関心のある人達が、真理を求めている人達が、自然と集まってくるということで、渡辺先生は組織も団体も作らなかったのです。
また、会や団体を作ると、その維持にエネルギーをだいぶ取られるからという事も一つの要因だった。
3/2
組織、団体はなくても、全国に渡辺先生(三木先生)を中心として、横のネットワークができていた。
その中で、清水さんは渡辺先生からも、全国のお仲間からも一番信頼されていた.
先生が光の世界に帰られた後、東京で開かれた、全国のお仲間が集まった渡辺泰男先生を偲ぶ会でも代表幹事をされた。
3/3
清水さんは盛岡青年会議所理事長、桜城小少年野球監督、桜城小PTA会長、下丿橋中PTA会長を務め、確か盛岡一高PTA会長も務められたと思う。
岩手県PTA連合会副会長、盛岡ロータリーなど社会活動も積極的に行われた方だった。
筋が通らない事は、相手が校長先生でも、叱りつけた。
3/4
清水さんは渡辺先生を神格化せず、心=“光”のサイエンスは宇宙の真理と最大の評価をしながら、一方、渡辺先生に対しては人間、渡辺泰男として見ていた。
人がいる時は控えるが、周りに人がいなくなった時など、先生、さっきの○○は違うと思う、私はこうだと思うと、先生に苦言を呈する事も時々あったそうだ。
3/5 清水さんは、渡辺先生を親父と慕っていた。また、勝手に長男宣言をして、先生も笑って黙認していた.ちなみに次男は神戸の国光さん、三男は青梅の益田さんのご主人、四男は東京の織田さん、五男は私も勝手に宣言し、黙認されました.私以外の光の兄弟は皆さん、光の世界に帰られ談笑しています(^_^)
3/6 平成5年、先生がブラジルに二回目のご招待で行かれた時、10数人の仲間がかばん持ちでついて行った。神戸の国光さん、徳島の井上さん、東京の織田さんや私も行った。
その時、西の大御所、国光さんが渡辺先生に物申せるのは盛岡の清水さんしかいないとおっしゃっていた。
それぐらい、全国の仲間から一目置かれていた。
3/7
知人の建設関係の社長から営業を依頼され、今週から動き出しました.短期間の予定ですが、その間はつぶやきが時々になると思います.
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